株式会社ニコンは2025年12月10日、神奈川県相模原市の相模原製作所内に、フレキシブルエレクトロニクス分野の研究開発から量産化までを支援する共創プラットフォーム「S3S LAB(エススリーエス ラボ)」を開設し、稼働を開始することを明らかにした。フィルム基板上に電子回路を形成する「Roll to Roll(R2R)マスクレス露光装置」を中心とした、多層配線形成技術を備えた世界的にも稀少な一貫検証施設で、産業の事業化を後押しする狙いである。
同社は、フレキシブルデバイスの量産移行に伴う設備負担を軽減し、企業や研究機関が早期に製造プロセスを実証できる環境を整備する。相模原製作所は精密機器製造の中心拠点であり、S3S LABを併設することで既存技術との連携や新領域への応用が進む見通しである。
高精細処理で柔軟基板対応力を向上
新施設に導入されるR2Rマスクレス露光装置は、ニコンが独自に開発したもので、フィルムの熱変形を抑えつつ6.0μm(L/S)の解像度と±2μm以内の高い重ね合わせ精度を実現した。これにより、薄膜・軽量・自由形状といった特性をもつフレキシブルデバイスの微細配線を安定して形成できる。露光はフォトマスクを用いずCADデータから直接描画する方式を採用し、試作期間を短縮するとともにマスク製作にかかるコストを抑制する。処理速度は毎秒10mmで、ディスプレイやセンサーなど多用途の量産検証に対応する。
共創支援体制で事業化推進
S3S LABでは、試作品の製造から量産プロセス設計までの一連の工程をニコン側設備で検証できる。利用は事前予約制で、洗浄装置やアニール乾燥炉、成膜・検査装置など周辺機器も備える。これにより、大学やスタートアップ企業が大型装置を自前で導入することなく試作・改良を進められる。量産段階ではラボで確立したノウハウとR2R装置群を企業へ提供し、商用生産への実装を支援する。ニコンは精機事業で蓄積した精密露光技術を新産業分野へ展開し、フレキシブル電子市場の拡大に寄与する。
研究開発強化へ世界的地位固め
ニコンは映像、精機、ヘルスケア、コンポーネント、デジタルマニュファクチャリングの5事業部門を展開し、光学技術と精密制御技術を基盤とした製品群を拡大している。2025年3月末時点の研究開発投資比率は11%で、外部発表論文は累計1772篇に達する。グローバルな従業員数は約20,000人で、日本14%、米国26%、欧州16%、中国24%、その他20%が占める。相模原工場は光学機器・精密機器の生産拠点として長い歴史を有し、新研究所の開設により国内の製造技術の発展にも寄与する見通しである。
同社は2030年度の二酸化炭素排出量(Scope1・2)を2022年度比57%削減し、再生可能エネルギー使用率を100%にすることを掲げている。製造工程の省資源化とマスクレス露光化を通じた材料使用の節減が、脱炭素方針と一致する。研究開発型プラットフォーム設立により、低環境負荷施策の検証と新領域の協力機会が増加すると期待される。関係者のあいだでは、半導体・次世代太陽電池・ウェアラブル機器といった分野への水平展開が視野に入るとの見方がある。
共同人材育成と実用展開加速へ期待
世界的にもR2Rプロセスを一貫して扱える施設は限られており、国内企業にとって貴重な試験場となる。ニコンは大学や企業との協業を進め、異分野の研究者が実装レベルで検証できる場を整える。一方で、試作から商用生産へのスケールアップには設備運用と人材育成が課題となる。業界関係者の間では、同社が培う露光・精密加工技術の開放が、次世代電子機器産業の革新を促す契機になるかが注目される。
「S3S LAB」の稼働により、国内でのフレキシブルエレクトロニクス開発が加速する可能性がある。今後は、利用企業の増加や量産実証の成果がどの程度広がるかが主要なテーマとなるだろう。