国立研究開発法人産業技術総合研究所(産総研)は2025年12月4日、株式会社ブリヂストンと共同で、使用済タイヤのゴムを化学的に分解して原料を回収する新技術を開発したと発表した。加硫ポリイソプレンゴムを室温近くの温和な条件下で液状化し、イソプレンとカーボンブラックを分離・回収するケミカルリサイクルの実験に成功した。世界売上高28兆円規模のタイヤ産業において、脱炭素社会実現に向けた資源循環の基盤技術となる可能性がある。
産総研によると、加硫による硫黄架橋がメタセシス反応を阻害するため、従来はタイヤゴムを化学分解して原料まで戻すことは困難とされてきた。化学分解生成物を熱分解する二段階リサイクルプロセスにより、タイヤ原料であるイソプレンを主生成物として得ることが判明した。
室温分解技術が資源再生を実現
技術の要は、触媒と溶媒を加え撹拌するだけで架橋ゴムが液状化し、化学分解が進む点にある。溶媒に溶けた液状ポリイソプレンと、固体のまま残るカーボンブラックが容易に分離できるため、資源回収の効率が高い。生成した液状ポリマーを分析した結果、環状イソプレン4量体が主成分と確認され、分子内メタセシス反応が主要経路であることが明らかになった。さらに単結晶X線構造解析により、同化合物の立体構造も解明された。
得られた液状ポリマーを熱分解すると、イソプレンモノマーに加え、ベンゼン・トルエン・キシレン(BTX)などの化学原料も生成したという。
再資源化の壁を超える新プロセス
タイヤ産業は世界的に28兆円規模に達し、日本勢も高いシェアを維持する基幹産業だ。自動車の多様化で需要が増す一方、使用済タイヤの多くは「サーマルリカバリー」と呼ばれる燃料利用に回されてきた。これに対し、資源枯渇やCO₂排出抑制の観点から、原料まで戻すケミカルリサイクル技術の確立が求められていた。だが、ポリマーやカーボンブラック、酸化防止剤などが複雑に架橋された素材構造がネックとなり、従来は基礎反応さえ難しかった。
ブリヂストンでは近年、循環型社会の実現に向けたリサイクル関連の研究開発を拡充しており、ESG(環境・社会・ガバナンス)分析を新規事業評価にも導入している。今回の共同研究は、同社の Exploration 事業の一環で実施され、資源循環型ビジネスへの転換を後押しする。国のグリーンイノベーション基金事業(NEDO委託、JNPN21021)にも位置づけられ、カーボンニュートラル社会構築に直結する基礎研究とされる。
2030年代の商用化を見据えた展開
産総研とブリヂストンは今後、ブタジエンゴムなど他の加硫ゴムへの展開を検討するとともに、今回分離精製に成功した環状イソプレン4量体を未利用炭素資源に組み入れる方針。
研究成果は米化学会誌「ACS Catalysis」の2025年11月21日号に掲載された。論文では、二段階リサイクルプロセスを用い、化学分解と熱分解を組み合わせることでタイヤゴムをイソプレンに還元できることを初めて学術的に示している。
タイヤリサイクルが循環経済を牽引
ケミカルリサイクルは、使用済プラスチックやゴムなどを分解して原料として再利用する方式で、欧州を中心に制度整備が進む分野でもある。今回の研究は室温での反応制御に成功した点でエネルギー効率が高く、焼却による熱利用とは異なる資源還流の仕組みを提示した。業界関係者は「理論段階だった反応機構を実証した意義は大きい」としており、タイヤのみならず合成ゴム全般への応用が注目される。
ブリヂストンは、ESG評価の観点から非財務価値を定量化する取り組みを展開しており、使用済タイヤの再資源化を社会的価値創出の柱と位置づける。同社の解析担当者は「サプライチェーン全体の環境負荷低減を定量的に把握することが重要」と語っている。リサイクル網の最適化や再生原料の新用途開拓が今後の課題となりそうだ。