武田薬品工業(大阪市)は2025年12月11日、EY税理士法人(東京都千代田区)と共同で、AI技術を活用した固定資産業務の自動化ソリューションを本格導入したと明らかにした。AIによる見積書データ入力と、機械学習を用いた資本的支出か修繕費かの判定を自動化し、2026年4月の全面運用を予定する。同社は、ファイナンス業務の正確性と迅速性を高め、将来的に50%の工数削減を見込む。
両社の協働は、会計・税務分野での人材不足と煩雑な手入力業務の軽減を目的に始まった。AI OCRで多様な書式の見積書を自動処理し、機械学習AIが会計処理や耐用年数の判定を行う。属人化していた判断をモデル化することで、知識の標準化を図った。企業にとっては会計処理の精度確保と開示の信頼性向上が狙いであり、EY税理士法人はAI開発と実証実験を担当、武田薬品はデータ提供や設計を担った。
AI活用で年間1000時間超削減へ
武田薬品とEY税理士法人が共同で開発した自動化システムは、外部サプライヤーから届くPDFや紙の見積書をAI OCRが読み取り、これまで手入力していたデータ転記作業を代替する。従来は年間約1000時間以上を要していた作業を自動化し、大幅な削減につなげる。さらに、AIが過去の実績データから学習し、固定資産の資本的支出か修繕費かを自動判定する。耐用年数や資産区分を提案する機能も搭載した。税務・会計の専門判断が求められる工程をAIが補い、担当者の手作業を削減する仕組みだ。資本的支出か修繕費かを誤ると財務諸表や減価償却計算に影響が出るため、AIによる標準化の効果は大きいとみられる。両社は導入後も精度向上のための継続的なフィードバック体制を構築している。
2025年春開始 海外展開も視野に
本プロジェクトは2025年5月に着手。武田薬品が要件設定と運用設計を担い、EY税理士法人がAIモデルの開発と精度検証を行った。10月の概念実証(PoC)後、同年11月からAI OCRが本格稼働した。機械学習AIは同時期にパイロット導入を開始し、翌年2026年4月の本格運用を予定する。グローバル製薬企業である武田薬品は国内導入を先行事例とし、将来的には海外拠点への拡大も検討している。財務領域のデジタル化・デジタル変革を全社展開する計画で、標準化を狙う。
人材不足解消へ 働き方改革を推進
両社の取り組みの背景には、経理・税務部門の人材不足がある。熟練者に依存する業務の負担が大きいことから、AI活用で手作業を減らし、専門人材を高度分析業務に振り向ける体制づくりを進める。武田薬品では経営陣主導でデジタル教育を強化しており、リスキリングやアップスキリングの施策を社内各部門で展開中だ。管理部門でもデジタル変革を加速し、財務・購買・人事領域での自動化事例を積み上げるとしている。
同社TBSファイナンスソリューションズの図師康剛氏は「AI活用により専門人材不足という社会課題の解消につなげたい」と述べた。EY税理士法人の上田理恵子氏も「グローバル企業の価値最大化に寄与する日本発の取り組み」と評価した。
会計専門知をAIに継承 市場全体へ波及の可能性
資修判定は、支出を資産計上と費用処理に分類する会計上の重要業務であり、正確な判断が財務開示の信頼性を左右する。AIがこの知見を学習することで、個人依存していたノウハウを組織的知識へ転換する。日本税理士会連合会など業界団体でも、AI・データ技術を活用した税務業務の高度化がテーマに上りつつある。今後、同様の仕組みが他社や会計事務所に広がれば、会計・税務分野における労働生産性の底上げにもつながるとみられる。一方で、AI導入後の精度管理や内部統制の担保など、新たな課題も浮かび上がっており、ガバナンス面での検証が鍵を握る。
今後の展望と課題に注目
武田薬品は2026年度内の安定稼働を目指す。AIの精度改善と業務標準化の両立を進めながら、海外拠点への水平展開を検討するという。経理・税務の現場ではAI導入が加速しており、中堅企業や地方法人への波及も想定される。会計判断を支えるモデルの透明性確保や説明責任の仕組みづくりが焦点となるだろう。専門家の間では「AIによる知識継承は人材不足時代の対応策となり得るが、倫理的・制度的枠組みが不可欠」との声も出ており、制度面からの議論が広がる可能性がある。
今回の協働は、大手製薬会社がテクノロジー企業と連携し、間接部門の生産性を抜本的に高める試みといえる。AIが会計・税務の専門知を再現しうる段階に入り、企業経営のデジタル変革は新たな局面を迎えつつある。人材の有効活用と透明性の高い会計処理をどう両立させるか、今後の各社の取り組みが注目される。