中外製薬株式会社(東京・中央区)は2025年12月11日、大阪大学未来基金内に設けられた「坂口志文研究応援基金」へ1億円を寄付すると発表した。ノーベル生理学・医学賞を受賞した大阪大学の坂口志文特別栄誉教授(免疫学フロンティア研究センター=IFReC)への研究支援を通じ、免疫学分野の一層の発展に貢献する考えを明らかにした。坂口氏の制御性T細胞の発見は自己免疫疾患やがん免疫療法の研究を大きく前進させたもので、製薬業界における応用研究にも広がりをもたらしている。
同社は坂口氏の研究が生み出した成果を高く評価し、長年にわたって大阪大学との共同研究を重ねてきた。今回の寄付は、学術的な貢献と社会的意義を称えると同時に、患者中心の医療を掲げる企業方針の一環でもある。研究成果が自己免疫疾患や難治性がんの新たな治療アプローチに結びつく可能性があり、同社は「倫理観と情熱をもって研究開発に取り組む」としている。
ノーベル賞受賞から広がる企業支援
坂口志文氏は2025年にノーベル生理学・医学賞を受賞した。授賞理由は「末梢免疫の抑制に関する発見」で、米国の研究者らとともに制御性T細胞(Treg)の役割を世界で初めて明らかにした。免疫システムにおける「ブレーキ役」を担うTregは、自己免疫疾患の病態解明や臓器移植、がん治療など多様な領域で応用が進む基盤となっている。中外製薬による今回の寄付は、こうした基礎科学と医療応用を橋渡しする活動を後押しする狙いを持つ。
連携強化で成果相次ぐ共同研究
中外製薬は2016年に大阪大学と包括連携契約を締結し、IFReCの研究活動を10年間で総額100億円拠出する方針を定めていた。同センターとの協働は基礎免疫学と製薬開発の連携強化を目的とするもので、近年では共同研究の成果が国際的な科学誌に相次ぎ掲載されている。2025年3月には、両者のチームが制御性T細胞のマスター転写因子FOXP3を中心とする発現制御ネットワークを初めて解明した成果を、英語版の科学誌『Nature』電子版に発表した。
この成果は、免疫応答の制御メカニズムを遺伝子レベルで解き明かすもので、自己免疫疾患治療における新たな標的探索に道を開いたとされる。同社は2030年に向けた成長戦略のなかで「オープンイノベーション」を重点領域に掲げ、アカデミアとの協働を加速させている。
産学連携による波及効果広がる
制御性T細胞の概念が確立されて以来、基礎免疫学は再び医学全体の中心テーマとして浮上した。自己免疫疾患は世界的に数千万人が罹患しており、日本国内でも関節リウマチや自己免疫性肝疾患、I型糖尿病など多様な病態が課題とされている。産学連携により免疫研究投資は再生医療や細胞治療分野にも拡大しており、医療専門家の間では基礎科学と臨床応用を循環的につなぐ構造的な重要性が認識されている。政府政策にも影響を及ぼす可能性が高いとの評価がある。今回の協働は民間企業による学術支援の新たなモデルとして注目される。
協働深化で創薬基盤強化
大阪大学IFReCは2007年に設立され、国際的に免疫学研究をリードしてきた。Chugai PharmaceuticalはRocheグループの一員としてグローバルな研究ネットワークを有し、国内製薬業界における基礎研究協力に強みを持っている。2016年の包括連携以降、共同チームは複数のプロジェクトを進め、T細胞分化および安定化を強化する技術を確立している。今後も双方の共同研究は継続され、研究成果の臨床応用を視野に入れている。これにより研究体制の強化は学術界を超え、日本の創薬基盤の強化にも寄与すると見られている。
専門家は、今回の寄付が象徴的な意義を有するとの評価を示しており、大学側関係者は基礎免疫学研究の長期的な支援の重要性を指摘している。民間企業による継続的な支援モデルは、学術と産業の橋渡しとして有効だとの声がある。
免疫学革新の持続的推進へ
世界的にみると、免疫を標的とした新しい治療法はがん免疫療法を中心に急拡大している。免疫チェックポイント阻害薬に続く次世代治療の研究が進むなか、T細胞の制御技術は鍵を握る。中外製薬と大阪大学の協働は、この流れを日本発の研究として発信する上で重要な位置づけを持つ。
大阪大学未来基金内の研究応援基金は、企業寄付を核にした持続可能な学術基盤づくりの試みでもある。今後は若手研究者の育成や国際共同研究の推進を通じて、基礎免疫学から臨床応用までの循環型研究がどこまで定着するかが焦点となるだろう。免疫学分野における産学協働の新たな展開が注目される。