株式会社トランビ(東京都港区)は、個人ユーザーによるM&A(企業買収)の成約件数が1000件に達したと発表した。国内で個人が企業を買収する「個人M&A」が広がる中、同社は自社プラットフォーム「TRANBI」の取引データを分析し、買収金額の中央値が200万円、平均値が375万円であることを公表した。取引規模が比較的小さいことから、会社員など一般層にも現実的な選択肢となりつつあるとみられる。
トランビは、個人による事業買収の傾向や動機を把握することを目的に調査を実施した。M&Aプラットフォーム運営者として、個人の利用が増加する中で実態を可視化し、取引の健全な拡大を促す狙いがある。今回の分析は、個人のキャリア形成や副業ニーズの高まりと呼応する動きと位置づけられる。
買収額中央値200万円 30〜40代中心に成約
同社によると、個人ユーザーの買収金額の中央値は200万円、平均値は375万円だった。
職業別では会社員が全体の約6割を占め、会社代表やフリーランス、自営業などを含む残りの4割がそれに続いた。会社員の平均買収額は375万円で、会社代表・役員の平均は585万円と差があるものの、いずれも中央値は190万円で大きな乖離は見られなかった。
世代別では、20代が平均197万円、30代が265万円、40代が442万円、50代が487万円、60代が523万円と、年齢が上がるほど高額になる傾向が明らかになった。
世代別では30〜40代が成約のボリュームゾーンを形成しており、副業やセカンドキャリアの形成を目的とする層が多いとみられる。
取引価格帯は0円承継から1億円超まで広がりを見せるが、中心は200万〜500万円前後の案件だという。数十万円で買収した利用者からは「失敗しても納得できる挑戦だった」という感想も聞かれ、リスクを抑えた試行型投資としての位置づけも浮かび上がっている。
背景に副業解禁とキャリア自律の潮流
個人M&Aの成約件数が顕著に増加し始めたのは2020年頃だ。
コロナ禍を契機に働き方やキャリア観が見直され、多くの会社員が雇用以外の選択肢を模索する動きが強まった。同時期に企業の副業制度が拡大し、事業を運営できる小規模案件に対する関心が高まったことが、個人のM&A参加者拡大の背景にある。
事業を買収して運営し、スキルで価値を高めたうえで再度売却するという「実践型キャリア形成」の手段として活用する動きも出ている。
トランビが2025年10月に始動した「継キャリプロジェクト」も、こうした潮流に対応した取り組みだ。
同プロジェクトは、事業承継課題の解決とキャリア多様化を両立させる仕組みを目指しており、既存事業を引き継いで経営経験を積む「継業」の推進を掲げている。
AI時代を背景に、意思決定能力や経営判断など、人間にしか担えないスキルの重要性が増す中、実践的な経営経験を社会人が得る場として注目されている。
トランビ、データ活用と支援網拡張を継続
TRANBIは、2011年に日本初の事業承継・M&Aマッチングプラットフォームとして稼働を開始した。
事業を譲りたい売り手と引き継ぎたい買い手が全国からオンラインで直接交渉できる仕組みを提供している。法人と個人を対象とし、業種や規模を問わず登録可能な点が特徴だ。
2021年には課金方式を手数料型から月額定額制に改め、小規模事業者や個人にも利用しやすい料金体系を整備した。
同社は全国の金融機関や自治体、事業承継・引継ぎ支援センターなどと連携し、地域密着型のスモールM&A支援にも力を入れている。
また、副業や事業承継に関心を持つビジネスパーソン同士の交流促進を目的としたオンラインコミュニティも運営し、5,000名を超える登録者が参加している。
2025年の登録ユーザー数は20万者以上に達した。システム提供と情報開示の両面から、個人M&A市場の基盤形成を支える方針だ。
多様化する取引目的 副業・継業が主要軸に
同社の分析によると、20代ではキャリア形成を目的に小規模案件への投資を通じ、事業経験を早期に獲得しようとする傾向がある。30〜40代では本業を維持しつつ収入源を複線化し、教育費や住宅ローンへの備えとするケースが多い。
一方で50代以降は、過去の経営経験を生かして地域密着型の事業を引き継ぎ、社会貢献と安定収入を両立させる動きが目立つ。
こうした世代別の目的の違いが買収金額の幅にも反映されており、取引の裾野が広がる要因になっている。
業界関係者の間では、事業承継課題の深刻化とともに、個人が後継者候補として参入する構図が今後一層定着するとの見方がある。特に「小規模事業を個人が引き継ぐ」という形は、地域経済の持続性を維持する面でも有効とされている。事業承継を通じた人材育成と個人のキャリア多様化が、M&A市場の新たな柱として浸透しつつある。
個人M&Aが広がる中での注目点
トランビの調査は、企業経営を個人が担うという構造変化を定量的に示すものとなった。
事業承継市場では高齢化に伴う廃業リスクが増す一方、個人M&Aの増加がその代替策となる可能性がある。
実際にTRANBI上では、数十万円〜数百万円規模の副業案件の掲載も増えており、従来の「企業同士の合併・買収」とは異なる市場層が形成されている。
今後は、法令順守や情報開示などの取引管理体制の整備が重要になるとみられる。
取引額が小規模でも、契約や運営責任の所在を明確にする必要があり、プラットフォームや金融機関が支援基盤をどう拡充するかが焦点となりそうだ。
今回の発表は、個人M&Aの普及と制度的環境整備の両面で、日本の事業承継市場の転換点を示す動きといえる。