京セラ株式会社(京都府)は2025年12月5日、宇宙航空研究開発機構(JAXA)との共同研究で、液体水素環境において高電流に対応する「電流導入端子」と「MS8ピン端子」を開発したことを明らかにした。いずれも世界で初の液体水素対応ハーメチックシール型製品で、最大110Aの電流に耐える。※液体水素用としての開発における世界初(2025年12月5日時点、京セラ調べ)
京セラによると、本開発は液体水素の貯蔵・運搬における大電力ポンプや発電機などへの安定した電力供給が目的だ。液体水素はマイナス253℃という極低温環境で扱われるため、従来の金属材料では気密性や耐久性が課題だった。京セラが強みとするセラミックスと金属の複合技術を応用することで、実用レベルでの信頼性を確立したという。製品は能代ロケット実験場での実証試験を経て性能を確認しており、今後宇宙・産業両分野での応用を想定している。
100A級電流導入の実現
今回発表された2製品のうち、「電流導入端子」は100A対応で長さ約94mm、「MS8ピン端子」は最大110A対応で長さ72.5mm。従来の「MS10ピン端子」(制御用30〜50Aクラス)に比べ、大電力用機器への適用範囲を大幅に拡大した。液体水素を扱う汲み上げポンプや昇圧機器、発電機などに接続し、安定した電力伝達を確保できる。
京セラは2024年3月、JAXA監修のもと計測・制御用として「MS10ピン端子」を発表しており、その成果を踏まえて今回の高電流対応設計を実現した。特に液体水素環境下での気密性と熱収縮への耐性は、長期運用を前提とする宇宙開発や水素エネルギーインフラ構築において不可欠とされる。
共同研究の歩みと安全認証
京セラとJAXAの共同研究は2016年に始まり、小林弘明教授(当時)との協働でセラミック封止部材の耐圧評価を進めた。液体水素を扱う装置では、高圧ガス保安法に基づく安全認証を得る必要があるが、同社が使用したFeNiCo合金とセラミックは法定材料外だった。このため、京セラは材質の基礎評価や気密試験を独自に行い、2024年に同材料で初めて高圧ガス保安協会(KHK)の例示基準外申請に合格した。これにより、この種のコネクタとしては国内で初の使用認可事例となった。 こうした認証を経て、同社は液体水素機器の要素技術を体系化。宇宙推進システムに耐える構造の応用が進む中、燃料電池や再生可能エネルギー分野からの引き合いも増えているという。
水素拡大戦略で高まる需要
政府は2017年の「水素基本戦略」で2050年のカーボンニュートラル実現を掲げ、2023年の改定では2040年までに年間1,200万トンの水素導入を目標に設定した。これを受け、産業界では液体水素の大量輸送・貯蔵を可能にする機器の開発が加速している。液体水素は気体に比べ約1/800の体積で扱えるため、航空輸送や大規模貯蔵に向くが、温度管理と密封技術のハードルが高い。特に配管やタンクに接続される電流導入部は霜付きや金属疲労が生じやすく、長寿命化へのニーズが強い。業界関係者は「京セラの新製品は極低温・高真空条件下での信頼性を裏付けた点が意義深い」と評価している。
5G撤退で水素分野へ転換
京セラは2025年12月2日、通信インフラ向けの第5世代(5G)基地局の開発を断念したと発表した。世界市場では華為技術、エリクソン、ノキアの3社で7割超を占めており、競争激化と採算性の低下を背景に撤退を決めた。一方、中継器など通信エリア拡張用機器についてはKDDIと共同開発を続ける方針を示しており、通信分野の研究拠点や部材技術を水素関連材料など成長領域に振り向ける動きも進む。社内では構造改革の一環として、電子部品・材料技術を宇宙分野やエネルギーインフラへ転用する姿勢が鮮明になりつつある。
宇宙展開と量産化の課題
今回の共同開発は、JAXAの能代ロケット実験場で実施された耐久・気密試験で問題がないことを確認済みだ。液体水素環境下で100A超の電流供給を安定的に行えることは、将来的にロケット推進や宇宙機器のエネルギー伝送系にも展開が期待される。ただし、大量生産体制の構築や、長期運用における材料劣化のモニタリング手法は今後の課題となる。試作段階では手作業工程が多く、コストを抑えつつ品質を維持する仕組みづくりが焦点となりそうだ。京セラは「液体水素利用拡大に向けた基盤部品の国産化に取り組む」と述べており、産官学を巻き込んだ次世代燃料技術の実証プロジェクトへの参加も視野に入れている。
水素関連設備の高度化は、宇宙開発や産業インフラを越え、再生可能エネルギーの貯蔵・輸送システム全体の効率に関わる。世界的な脱炭素化の潮流の中で、極低温・高電流の両立技術を持つ国内企業は限られるだけに、京セラとJAXAの共同研究は、持続可能な水素供給網形成の一つの試金石となるだろう。