キーエンスの最新の有価証券報告書(第56期)によれば、平均年間給与は2039万円となった。給与が高いことで知られる上場機器メーカーのなかでも突出した水準だ。財務アナリストの児玉万里子さんは、高い付加価値を生むビジネスモデルが高賃金を可能にしていると分析し、人件費負担と利益の関係が焦点になると指摘する。
児玉さんは、キーエンスがセンサー機器などの検出・計測制御機器や自動化用計測機器を手がけながら、自社工場を持たないファブレス企業である点に注目する。製造プロセスに関与する従業員の労務費は原価に計上される一方、顧客に接する営業部門に多くの人材を投入しているため、販売管理費に含まれる人件費(従業員給与手当賞与など)が大きくなる構造だ。賃金水準だけでなく、原価と販売管理費にまたがる人件費の載り方を通じて、利益との結びつきが浮かび上がる。
売上1兆591億円、営業利益率51.9%
上場会社では、有価証券報告書の「従業員の状況」に提出会社(親会社)の平均年間給与(基準外賃金および賞与を含む)が開示され、同じ基準で比較できる。給与が高い企業としてはキーエンスのほか、ファナック、東京エレクトロン、ディスコ、レーザーテックなどが挙げられ、いずれも半導体関連あるいはFA(工場の自動化設備)関連の企業が並ぶ。キーエンスの第56期有価証券報告書では、2025年3月期の売上が1兆591億円、粗利率が83.8%、営業利益率が51.9%と記載されている。
児玉さんは、人件費は原価と販売管理費に区分して計上され、製造プロセスに関与する従業員の労務費は原価に、販売活動や管理業務に従事する従業員の給与・報酬は販売管理費に含まれると整理する。キーエンスでは販売管理費に占める人件費の比率が高く、販売管理費全体の約半分に相当するとされる。こうした費用構造の整理により、賃金の高さを単なる「人件費の増加」としてではなく、高い利益率と一体のものとして捉える視点が得られる。
人件費を負担した後にどれだけ営業利益が残るかが、賃金水準を支える重要な要素となる。児玉さんによると、キーエンスでは毎年の人件費負担前の営業利益が、人件費総額の4〜5倍にあたる水準という。2025年3月期には、人件費総額が売上の16%に相当し、この負担をした後でも営業利益が売上の約52%残る構図だ。高水準の給与・賞与を支払いながら利益率を維持している実態がうかがえる。
財務面では、総資産に占める現預金・有価証券・投資有価証券の比率が84%に達し、受取利息等が143億円、営業利益が5498億円となっている。収益の中心は本業による営業利益であり、多額の金融資産を背景にしつつも、事業活動自体で安定的に高収益を上げている構造が特徴だ。
ファブレスで原価抑制、人材は営業と開発に集中
キーエンスは自社工場を持たないファブレス経営を採用し、原価に含まれる労務費を抑制している。一方で、顧客企業の生産現場を訪問し、課題を把握してソリューションを提案する営業部門に人材を厚く配し、その結果として販売管理費に含まれる人件費が大きくなっている。営業利益は人件費を含む販管費を控除した後の利益であり、人件費負担前の営業利益が人件費総額の何倍にあたるかが、利益による人件費負担能力の指標になるとされる。
第56期有価証券報告書には、経営方針として「最小の資本と人で最大の付加価値を上げる」と掲げられている。製造を外部に委託し、自社は製品企画・開発と営業に集中することで、固定費の増大を抑えながら高付加価値を実現する狙いがうかがえる。
研究開発面では、2025年3月期のR&D費が289億円(前年比14.6%増)に達し、AI搭載画像センサーなど高付加価値商品の開発を重点課題としている。製造機能を自社で抱えず、企画・開発に重点を置くファブレス経営と、高収益の源泉となる先端製品への投資を組み合わせる戦略だ。海外売上比率は50%を超え、欧米やアジアを中心に幅広い需要を取り込んでいる。
人材面では、直近5年間の離職率が5%前後と低位にとどまる。賞与については、営業利益の一定割合を社員に還元する仕組みを採用し、年4回(四半期ごと)支給している。業績に連動したインセンティブ設計が、平均年間給与2039万円という水準を支えると同時に、優秀な人材の確保・定着にもつながっているとみられる。
第56期有価証券報告書では、約2兆7640億円の金融資産を保有し、M&Aを含めた成長手段に初めて言及した。厚い手元資金と高い収益力を背景に、成長投資の選択肢を広げつつある。営業部門に人材を集中させる体制が販売管理費の人件費比率に反映される一方で、営業利益率などの収益指標は高水準を維持しており、今後も有価証券報告書で開示される平均年間給与と、人件費が計上される原価・販売管理費の構成、営業利益率の推移が、同社の高賃金モデルの持続性を測るうえでの注目点となる。
