ひざつき製菓は4月、長男の膝附宥太専務取締役兼営業本部長へ社長職を引き継ぐ。膝附武男社長は、1980年代末に倒産危機にあった局面で亀田製菓の受託製造に活路を見いだし、再建につながった過去を明らかにした。親子承継の社長交代は、経営の節目として、主力の米菓事業と直営店事業の両輪運営に影響を与えそうだ。
今回の社長交代は、ひざつき製菓で専務取締役兼営業本部長を務める膝附宥太氏が次期社長となり、膝附武男氏がバトンを渡す枠組みだ。膝附武男氏は交代後、会長職としての役割を模索しながら、直営店「武平作(ぶへいさく)」の社長業に専念する方針を示した。親子承継による体制変更を機に、同社は米菓メーカーとしての事業運営と直営店の拡大を並行させる考えだ。
売上44億円見込み
ひざつき製菓の今期(3月期)売上高は、前々期比19%増の44億円を見込む。
内訳では卸売が10年間で3倍に拡大し、37億円の見通しという。売上高は、膝附宥太氏が取締役営業部長に就いた2016年以降、右肩上がりで推移してきた。
一方、膝附武男氏が社長交代後に注力する直営店「武平作」は、3月28日に宇都宮で新店舗を開く。これにより来期の「武平作」売上高は、今期の着地見込みより2億円増収の9億円を計画する。
さらに2030年に15億円を目指す方針も示した。
亀田製菓受託で再建
膝附武男氏がひざつき製菓に入社したのは1988年だ。当時の同社は、「城壁」の大ヒットの反動減で売上が落ち始め、倒産の危機に瀕していた。膝附武男氏は一社員として窓口を担い、亀田製菓に身売りを持ちかけた経緯を語っている。
亀田製菓からは受託製造を勧められ、結果として約15年間、下請けとして製造を担うことで事業を立て直したという。
この期間は単なる受託関係にとどまらず、米菓づくりや経営面の手ほどきも受けた。具体的には、同じ品質を精度高く再現するための米菓づくりの基本や、数字の見方を含む経営管理手法を一から学んだとしている。
職人技と工業的手法
ひざつき製菓は、草加せんべいをはじめとする職人的な技術の継承に重きを置く関東の米菓メーカーだ。
亀田製菓の指南を受けたことで、科学的根拠をもとに合理的にものづくりを進める工業的な新潟の米菓メーカーの良さも持ち合わせることができたと整理する。背景には、倒産危機を経て、製造と経営の両面で再現性や管理手法を高める必要があった事情がある。
自立の転機となったのが、1994年発売の「えびせんべい」だ。
専務時代の膝附武男氏が旗振り役となり、社員が新たなヒット商品を生み出そうと全国を巡って素材のヒントを探し、開発につなげたという。受託製造で培った基盤を踏まえつつ、自社商品のヒットで自立へ踏み出した流れが見える。
会長は武平作に専念
社長交代を前に、膝附武男氏は次期社長となる膝附宥太氏に対し、「必ずこれをやってほしい」という前提を置かない姿勢を示した。
自身が生活の苦しさを背景に、息子の入社を当初は前提にしていなかったことにも触れ、世代間で環境や空気感が異なるため、自ら方向づけをすべきだとの考えを述べた。
ひざつき製菓は2023年に創業100周年を迎え、会社指針として「生活をかけて、お客様においしく感じていただく」を掲げた。「生活をかけて」という文言には、倒産の危機で食うに困った歴史を刻んだという。
社長交代後は、膝附武男氏が会長職の役割を模索しつつ直営店運営へ軸足を移し、膝附宥太氏が米菓事業の舵取りを担う体制へ移る流れとなる。
