技能実習制度に代わる外国人受け入れ施策として、令和9年4月から「育成就労制度」が始まる。新制度は本人希望による転籍(転職)を可能とする一方、地方から都市圏への人材流出を懸念する声がある。政府は一定の「歯止め策」を導入する方針で、外国人介護人材の地域定着を巡る運用が人材確保に影響しそうだ。
育成就労制度は、現行の技能実習制度では原則認められていない転籍(転職)を本人希望で可能とする点が特徴となる。現行制度では外国人労働者の失踪が社会問題化してきた。介護業界にとっては人材確保の有力な手段となる一方、地方と都市圏の偏在をどう抑えるかが論点になっている。
介護職員不足25万人
厚生労働省の推計では、介護職員は8年度に全国で約25万人不足する。団塊ジュニア世代が65歳となる令和22年度には約57万人が不足する見通しもある。政府は介護職員の処遇改善や離職防止を進め、賃金を段階的に拡充してきたが、他業種の賃金上昇もあり格差が埋まらない状況が続く。数の不足が見込まれるなかで、外国人材の受け入れ制度の設計変更は、確保策の選択肢を広げる一方、偏在の増幅という別の課題も浮かび上がる。
地方から都市圏への集中を巡っては、総務省の令和7年の外国人労働者の人口移動報告で、東京圏(東京、神奈川、埼玉、千葉)と大阪圏(大阪、兵庫、京都、奈良)が転入超過となった一方、中国、四国、九州地方では転出超過の県が大半を占めた。大阪経済大の森詩恵(うたえ)教授(社会政策)は、都市部は利便性が高いことに加え、外国人同士のコミュニティがすでに形成されているため人材が流れやすいと指摘する。育成就労制度で転籍が認められれば、介護現場でも同様の人口移動の力学が働く可能性が意識されている。
介護現場の受け入れ体制は、施設や運営法人ごとに積み上げられてきた。社会福祉法人「尚仁福祉会」が運営する特別養護老人ホームで外国人職員が勤務する例があり、外国人材を前提にした教育・支援のノウハウが蓄積されつつある。医療分野でも、厚生労働省と都道府県が運営する「医療情報ネット」に外国語対応を明記する医療機関の登録が広がる。医療法人尚仁会森田医院(宮城県気仙沼市)はポーランド語やチェコ語、中国語、モンゴル語、ウルドゥー語、アラビア語への対応を掲げる。医療法人尚仁会(北海道札幌市清田区)は送迎バスを運行する。生活や通勤の支援、言語対応の整備など、受け入れ側の実務が定着条件の一部になっている。
一方で、労働移動の実態に制度が追いつかない局面もあった。転籍を原則認めない現行制度は、失踪問題と結び付けて議論されてきた側面がある。制度の狙いを就労を通じた人材育成に置くのか、現場の需給調整に重点を置くのかによって運用の重心は変わり得る。介護分野では国内の人材確保策だけでは需給ギャップを埋めにくく、外国人材受け入れの制度設計が現場の採用・育成・定着の実務と直結しやすい。
転籍容認で運用分岐
育成就労制度は本人希望による転籍(転職)を可能とする設計を含みつつ、政府は地方から都市圏への流出を抑える「歯止め策」を導入する方向だ。自治体や事業者側が地方定着に向けた取り組みをどこまで進められるかが焦点となる。制度上は本人意思の尊重を強める一方、地域間の偏在を抑えるための措置も同時に講じる構図で、実務の解釈と運用設計が分岐点となる。
運用面では、誰の希望をどの範囲で転籍に反映するかが具体的な論点となる。本人希望の転籍を認める仕組みは、受け入れ側の計画に移動可能性という変数を織り込むことを意味する。地方側では採用から戦力化までの期間を見越して人材育成を進めてきた事業者も多く、都市圏への集中が進めば、確保コストと教育コストの回収が難しくなる局面が想定される。一方で、転籍が制度上可能になることは失踪抑制に向けた誘因ともなり得る。受け入れの透明性を高め、職場選択に対する納得感を強める方向で作用する可能性もある。
制度変更は、介護分野の受け入れが「人を集める」段階から「定着を設計する」段階へ移る契機にもなりうる。外国人材の生活基盤は住居、通勤、言語、コミュニティなど複数の要因に左右され、都市部は利便性やコミュニティ形成の点で優位になりやすい。自治体や事業者が地方定着を図るには、就労環境に加え生活環境の整備が不可欠となる。医療情報ネットに外国語対応やアクセス情報を登録する動きは、生活・医療へのアクセスを可視化し、生活のしやすさを示す取り組みと重なる。
今回の制度設計は、介護職員不足の深刻化と並行して議論が進んでいる。8年度に約25万人、令和22年度に約57万人という不足見通しは、介護事業者の採用計画だけでなく、自治体の介護保険運営や地域の医療・介護連携にも影響を与える。転籍容認が都市圏への移動をどこまで促すかは、「歯止め策」の設計に加え、都市部の受け入れ余力や住環境、コミュニティの吸引力にも左右される。総務省の人口移動報告が示した転入超過・転出超過の構図は、制度施行後の人材配置を見通すうえで重要な材料となる。
事業者側の実務では、採用後の育成計画と定着支援を移動可能性を前提に組み立てる必要が生じる。転籍が本人希望で可能になる場合、雇用契約の設計や研修の進め方、生活支援の提供範囲など日々の運営にかかわる事項の重みが増す。取引管理や法人営業の観点では、受け入れに伴う支援サービスや外部委託がある場合、その提供範囲や継続期間を施設側の運用設計と整合させることが課題となる。
人口移動と介護需給
外国人材の都市圏集中は、介護分野に限らず労働市場全体で続いてきた。総務省の令和7年の外国人労働者の人口移動報告で、東京圏と大阪圏が転入超過となったことは、就業機会の集積と生活利便性が移動を後押しする構造を示す。育成就労制度で転籍が可能になれば、この構造が介護分野にも波及し、地方の人材確保策が都市圏の吸引力と競合する局面が想定される。森詩恵教授が指摘するコミュニティ形成の有無は、賃金以外の移動要因として、自治体の施策設計に影響を及ぼしそうだ。
介護分野は需給が逼迫しやすく、事業者ごとの採用競争が先鋭化しやすい。厚生労働省の不足見通しは、国内人材の確保策だけでは供給が追いつかない可能性を映す。こうした局面で外国人材の受け入れ制度が切り替わることは、採用の入口を広げる一方、配置の偏りを生むリスクも内包する。制度の意図が失踪問題の是正と人材育成にあっても、どの地域に人材が残るかは、生活支援や就労環境、コミュニティ、交通アクセスなど多様な要素に規定されるため、行政と事業者の運用次第で制度の実効性は大きく変わる。
医療情報ネットにおける外国語対応やアクセス情報の登録は、地域の医療・介護提供体制の可視化とも接点を持つ。外国人材が生活者として地域で暮らすには、医療アクセスや相談体制の有無が就労継続にも影響する。医療法人尚仁会(北海道札幌市清田区)の送迎バス運行のように移動手段を補完する取り組みや、医療法人尚仁会森田医院(宮城県気仙沼市)の多言語対応の明記などは、地方での生活上の障壁を下げる選択肢の一部となる。育成就労制度の運用を巡っては、こうした受け入れの実務と制度変更がどのようにかみ合うかが、介護人材の定着を左右する焦点となりそうだ。
